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ブルキナファソという国の印象

私は、国とか人種とか国籍とかそういうモノで何かを語ることをあまり好まないのだけれど、(差別的な感じがするから)、今回、国についてこの国ができあがったところから、考えてみた。
アフリカ大陸は、100年ちょっと前に地図上で線を引かれ、領土が分配され、いろんな国が出来上がった。つまり、その前は、国家主義という在り方は、ここには存在していなかった。地図上に線を引いて国家などとさわがずとも、人々は生活していた。その感じはまあ、1500年以前のアメリカ大陸にも似てはいるけれども、違いは、その植民地統治の時間の長短、あとは世界大戦とのからみ、とか。まあ、それで北中南米を一緒くたにして東西南北アフリカも一緒くたにして比較するのもナンセンスだし、私もそんな大きなものを語れるほど何も知らないので、ちょっとだけ知ってるメキシコとブルキナファソで比較してみる。

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メキシコはスペイン領で、ブルキナファソはフランス領。植民地支配を受ける前はその場所に国家があったわけじゃない、っていう点は同じ。つまり、日本国が大韓民国に対して行ったように、そこに元々あった国家と領地を乗っ取ったっていうのとは感覚が違う。そもそも、アメリカ大陸には元々、現在インディアンと呼ばれる人々がいろんなところで住んでいて、その後2、300年とかの植民地支配の末に独立した時、それぞれの地で独立を勝ち取った人間たちはその古来のインディアンではなかった。人種がミックスして(インディアン、黒人、白人)、植民地支配前後でその土地は人種、文化、言葉をも変えた。メキシコでは、インディアンと白人の混血とされる、メスティーソという新たな人種を国家のアイデンティティとして持ち上げ、独立国になった。現在において、スペイン語しか話さないメキシコ人は大半を占めていて、インディアン(スペイン語を話さず、現地語を話す人たち)は差別の対象となっているような印象を受ける。植民地化するにあたり、キリスト教の布教が行われ、その過程で反抗した人間が沢山亡くなったと本で読んだ。現在は、キリスト教信者は国民の大半をしめているといわれている。つまり、長かった植民地時代にすーごく大きな変化をとげたのだ。人種、言語、そして、思想、宗教、にいたるまで。

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ブルキナファソに来たときに最初にフランス語の先生に尋ねたことは、この国には多数の民族が存在していて、それこそ国境付近の隣の国なんて民族が二分されちゃって違う国籍になってしまったわけだけど、それでも”ブルキナファソ人”としての意識みたいなものを人々は持っているのか、ということ。答えは、”Oui”(肯定)。人々は”ブルキナファソ人”としての誇りを持っている、というもの。誇り、がなんぞやというのはわからないが、国で人間をわけている感覚は確かに存在する。例えば、私の友人はコートジボワール(隣の国、フランス語圏)産まれのコートジボワール育ちで、両親はブルキナファソ人、彼自身も高校の頃にブルキナファソへ引っ越した。現在30ちょいだから、今んとこ人生の半分くらい、コートジボワールだ。でも彼に、出身地を聞くと、両親の住む村の名前を言われる、そして彼は、自身を100%ブルキナファソ人だと定義する。アメリカで産まれ育ったらアメリカ人、というのとはまた違う国民意識だ。おそらくその村に彼自身が住んだ期間はとても短いはずなのだが。ただ、そこで両親の村の名前を言われるのは、国籍以上に民族に対するつながりを大切に思っているからなのだと思う。

 

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民族のつながり、というのは現在の国家ができあがった過程とはなんの関係もない。そんなものは無視して地図上に線を引いて作られた国々だったわけだから。つまり、民族のつながりは植民地化前からのもの、そして、ブルキナファソ人という国民としてのつながりは、植民地化後、もしくは独立後にできたものといっていいだろう。私にとって初のアフリカ大陸のこの土地で私がすごく興味深いと感じていることは、植民地化前後の両方の文化の共存の在り方だ。ブルキナファソ国領土には60ちょいのいろんな民族がいると聞いたことがある。基本的に、同民族が同じエリアに暮らしていて(もちろん混ざったりするけど)、ここは何族の村だよ、とかそういう話になる。それぞれの民族にそれぞれの言葉があって、ルーツが同じな言語(例えばモレ語はダガラ語系列、とか)があるためか、3、4つの民族の言葉を話す人などざらにいる。学校教育はフランス語で行われる。小学校1年生で初めて行われるフランス語の授業は子供を混乱させ、まあ、1、2年生時に覚えることはフランス語と、礼儀作法くらいなんじゃないかと私は思っている。今までずっと日本語しか話してこなかったのに、小学校行ったら急に全てが英語になった、様なものだと思う。教育を受けてさえいれば、フランス語がわかるので、この多文化、多言語のなかで、ある意味フランス語は国をまとめているひとつのキーでもある気がする。モレ語、デュラ語なんかは話す人間が多いが、フランス語は教育を受けた人全員が話すので、やはり強い。

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といっても、例えばディエブグ近隣の村々にはこれまた色々な民族がいて(ダガラ、ジャン、ビルフォー、ロビ、等)それぞれの言葉を話す訳だけど、やはり村を訪ねてもフランス語を話す人(学校教育を受けた人)にはそんなに出逢わない。特におばちゃんたちは、フランス語なんか話さない。女性も教育を受けるべきだって考えは最近のものだから。となると、国家、というおおきな枠で考えた時、例えば政治家はみんな、どの民族の出身だろうとフランス語でコミュニケーションをとって、”ブルキナファソ”を作り上げる。でも、村で民族の言葉をずっと話してる人たちってやはり”ブルキナファソ”を意識するよりもずっと強く、”それぞれの民族”を意識しているんじゃないかと思う。言ってみれば、言葉の通じない同じブルキナファソ人よりも、同じ民族、言語だけど国籍が違う、マリ人とかにつながりを感じているんじゃないかと推測する。

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ともかく、この感じはとても面白い。国民が何を持って国民とするか、その意識や国家というものの出来上がり方、はその場所によって全然違う。アメリカ大陸で一番面白かったことってそれかもしれない。メキシコに至っては、植民地前の文化が根底にありながらも、全くそこから変化を経た上で国家が形成されたような印象をうけるが、ブルキナファソは違う。何が、どうだと良いとか悪いとか別にそういうのは思わないが、ここからブルキナファソという国が歴史を重ねて行くうちに、この沢山の言語とか文化とか、なんかいろんなものが、とても良いカタチで作用していければいいなあとただ、思う。